名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)1134号 判決 1981年4月10日
原告
杉山勝利
被告
高橋正寛
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金九四四万六七〇七円及びこれに対する昭和五〇年七月一五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五〇年七月一五日午後一〇時三五分頃
(二) 場所 名古屋市港区十一屋町三丁目三三番地先路上
(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(名古屋五七て一六八六)
(四) 被害者 原告
(五) 事故の態様 原告が右場所を歩行中、加害車と衝突し、原告は頭部外傷等の傷害を受けた。
2 責任原因
被告は加害車を自己のために運行の用に供していたから自動車損害賠償保険法(以下、自賠法という)三条により原告の被つた損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 入、通院期間
昭和五〇年七月一五日から昭和五一年一月三〇日まで二〇〇日入院
昭和五一年一月三一日から昭和五五年八月三一日までの間、二〇九日通院
(二) 治療費 金二〇七万三七五〇円
昭和五〇年七月一五日から昭和五四年一一月三〇日までの間の中部労災病院におけるもの
(三) 付添費 金九六万四〇〇〇円
内訳
入院付添費 一日三〇〇〇円の割合による二〇〇日分六〇万円
通院付添費 一日二〇〇〇円の割合による一八二日分三六万四〇〇〇円
(四) 入院雑費 金二〇万円
一日一〇〇〇円の割合による二〇〇日分
(五) 通院交通費 金一六万七二〇〇円
一日八〇〇円の割合による二〇九日分
(六) 休業損害 金二八一万二九五七円
昭和五〇年七月一五日から昭和五二年四月一四日までの欠勤による給与二一か月分二二二万二八四二円及び右期間中三回の賞与五九万〇一一五円
(七) 慰藉料 金二六一万九〇〇〇円
原告の被つた精神的苦痛としては二六一万九〇〇〇円が相当である。
(八) 弁護士費用 金六〇万九八〇〇円
4 よつて、原告は被告に対し、本件事故に基づく損害の賠償として金九四四万六七〇七円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五〇年七月一五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、被告が加害車を自己のために運行の用に供していたことは認めるが、後記のとおり、被告には何らの過失はない。
3 同3の事実は争う。
三 抗弁等
1 被告は加害車を運転して南進中、歩道上に人の群れがあつたので減速して近接すると、原告が二〇メートル位前方を右(西方)から左(東方)に向つて小走りに横断したので、ハンドルを少し右に切つてやり過ごそうとしたところ、原告は突然両手を広げて加害車の直前にこちらを向いて立つた。そこで、被告はハンドルを左に切つて逃げようとしたところ、バンバー右端が原告の右脚に接触し、転倒した。右にいう人の群れというのは、原告が酔払つて通過車両に両手を広げて、次々と車を停止させるので、歩行者がこれを見ていたものであることが後に判明したが、右のように本件事故は原告の一方的過失による自損行為であつて、被告には何らの過失はない。
2 原告は、本件事故に関し自賠責保険から金一〇〇万円を受領したほか、被告は原告に対し金八〇万円を下らない金員を損害の内金として支払つた。
四 抗弁等に対する認否
1 抗弁等1の事実は否認する。
2 同2の事実中、原告が自賠責保険から金一〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告主張の日時、場所において、被告運転の加害車と原告との間に交通事故が発生したこと、右交通事故により、原告が主張の傷害を受けたこと、被告が加害者を自己のために運行の用に供していたことについては、当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない甲第一一号証、原告本人(後記措信しない部分を除く)及び被告本人の各尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定に反し、原告は本件事故当時、事故現場を東方から西方に向つて横断歩行中であり、接触地点はセンターラインの西側であつたとする原告本人の供述は右証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。
1 本件事故現場は南北に走る幅員一九・六メートルの道路(右道路は片側二車線で車道幅一二・八メートル、両側に歩道があり、その幅員はそれぞれ三・四メートルである)と東西に走る幅員八メートルの道路とが交差する交差点であり、右両道路はいずれもアスフアルト舗装のされた平たんな交通量普通の市街地道路である、前方、左右の見とおしは良好であり、毎時四〇キロメートルの速度規制がなされている。なお、右交差点には横断歩道の標示はない。
2 被告は加害車を運転して前記南北道路のセンターライン寄りの車線を北から南に向つて進行中、原告が前方約五六・九メートル先の本件交差点の北側(東西道路の北側端を延長した線上辺り)の対向車線上を右(西方)から左(東方)に向つて横断しているのを発見したので減速し、原告との距離が約一八メートルの地点に達したところで、被告はハンドルを右に切つてセンターラインを超え、さらに右地点から一〇・五メートル南に進行したあたりで、センターラインを超えて東方に横断中の原告がそのまま横断を続けるものと思つていたところ、被害車の前に両手を挙げて立ちふさがつたので、被告は危険を感じ、ブレーキをかけるとともにハンドルを左に切つて原告との衝突を避けようとしたが間に合わず、加害車の前部右側をセンターラインの東側にいた原告に接触せしめ、原告に傷害を負わせた。
3 なお、原告は本件事故当日は午後三時頃仕事を終り、それから仲間と一緒に夕方近くまでビール等を飲み、その後帰宅の途につき、本件事故に遭遇したものである。
右認定の事実によれば、原告は加害車の前に両手を挙げて立ちふさがるような行動をとつたとはいえ、被告は相当手前から前方交差点を横断しようとしていた原告を現認していたのであり、しかも、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告は本件事故現場の歩道上に五、六人の人の群れがあるのを事前に認めていたことが窺われ、これらの事実を合わせ考えると、被告としては、本件事故現場付近に何らかの異常事故が発生することが全く予測できなかつたわけでもないから、被告は横断中の原告の動静に十分に注意して自動車を運転し、もつて事故を未然に防止すべき義務があるものといわなければならず、したがつてこれを怠つた被告に過失があつたものというべきであるが、一方、横断中の原告が進行してくる自動車の前に立ちふさがつて車を止めるといつたことは、飲酒のうえでの行動とはいえ、度をすぎた悪ふざけの行動としかみることができず、右説示するところに照らして、原告にも過失があつたことは明らかであつて、後記原告の損害賠償の額を定めるについては、八割の過失相殺をするのが相当である。
被告は自賠法三条但書の免責の主張をするもののようであるが、右認定の事実に照らして右主張は採用することができず、したがつて、被告は運行供用者として同法三条本文によつて原告の被つた損害を賠償する責任があるものといわなければならない。
二 そこで、原告の被つた損害につき検討する。
1 入、通院期間及び治療費について
成立に争いのない甲第一二、第一三号証、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認める甲第一ないし第七号証、第九号証及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は本件事故によつて急性硬膜下血腫(昭和五〇年九月二一日開頭術にて血腫を除去したが、頭痛、めまい、嘔気がとれず、左半身にしびれ感あり)、両側感音難聴、左膝外側副靱帯断裂の傷害を受け、昭和五〇年七月一五日から昭和五一年一月三〇日まで二〇〇日名古屋市港区所在の中部労災病院に入院し、同月三一日から昭和五五年八月三一日まで同病院に通院(通院日数二〇九日)したこと、そして、原告主張の昭和五〇年七月一五日から昭和五四年一一月三〇日までの中部労災病院における治療費として金二〇七万三七五〇円を要したことが認められる。
2 付添費について
前顕甲第七号証によると、原告が入院した昭和五〇年七月一五日から同年八月二一日頃までの約三八日間は付添看護が必要であつたことが認められ、右入院期間中一日金二〇〇〇円の付添看護を要したことは経験則上これを認めることができ、これを超える分については本件事故と相当因果関係がないものと認める。
次に、通院付添費につき原告は一日二〇〇〇円の割合によるものを請求するけれども、原告が通院するにつき付療を要した事実についてはこれを確認するに足りる証拠はない。
以上により頭書の付添費の主張については、金七万六〇〇〇円の限度においてこれを認むべきである。
3 入院雑費について
前記1において認定した事実によれば、原告は二〇〇日間中部労災病院に入院したことが認められ、右入院期間中一日金五〇〇円の割合による合計金一〇万円の入院雑費を要したことは経験則上これを認めることができ、右金額を超える分については本件事故と相当因果関係がないものと認める。
4 通院のため交通費について
原告が二〇九日中部労災病院に通院したことはさきに認定したとおりであり、公共の交通機関(市バス及び地下鉄)を利用して原告の住所から右病院まで通院するにつき、右通院期間を通じ平均して一回五一〇円を要したことは経験則上認めることができ、右事実によれば、原告が通院のために要した交通費は金一〇万六五九〇円の限度で認めることができ右金額を超える分については本件事故と相当因果関係がないものと認める。
5 休業損害について
原告本人尋問の結果真正に成立したものと認める甲第八号証、第一〇号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時名古屋市港区所在の三愛作業株式会社に船内作業員として勤務しており、一か月平均一〇万五八五〇円の収入を得ていたこと、しかるに本件事故のため原告主張の二一か月間全く稼働することができず、その間少なくとも合計金二二二万二八四二円の収入がえられず、また、その間の賞与として昭和五〇年々末、昭和五一年の夏期及び年末に合計金五九万〇一一五円が得られなかつたことが認められ、これに反する証拠はなく、右認定の事実によれば、原告の被つた休業損害は金二八一万二九五七円となる。
6 慰藉料について
本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位、程度、治療の経過その他諸般の事情を考え合わせると、原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料額は金一九〇万円と認めるのが相当である。
7 過失相殺について
前記説示のとおり本件事故の発生については原告にも八割の過失があり、原告の上記損害につき過失相殺をすると、損害賠償額は金一四一万三八五九円となる。
8 損害の填補について
本件事故に基づく損害の内自賠責保険から金一〇〇万円が支払われたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一ないし第四三号証及び被告本人尋問の結果を総合すると、被告は本件損害の内金として、昭和五四年五月一日までの間に金五四万二一八〇円を原告に支払つたことが認められ、右金額を超える分についてはこれを確認するに足りる証拠はない。
そして、前記損害賠償額につき、右損益相殺をすると、原告の請求し得る損害額は存在しないことになる。
三 以上の事実によれば、原告の請求はさらにその余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白川芳澄)